【ゆるふわで頂点へ】柳家小三治の魅力と、おすすめ演目

こんにちは。

今回紹介するのは、この方。

現、落語協会顧問にして、人間国宝。
2017年現在存命の落語家では実力ナンバー1かとも言われる、現代の最重要人物。

十代目 柳家小三治師匠です。

柳家小三治の、スゴいところ

「ハシゴ外し」がスゴい

小三治師匠の笑いは、ちょっと独特。

派手なムーブもなく、笑わせる気もあるのか無いのか、無表情でボーッとしながら語ってゆくスタイルなのですが、ここぞという箇所でグッと力むのではなく、反対に、スッとハシゴを外すのです。

これが絶品なのです。

「何を相談してるのかと思ったらそういうことかい?
じゃつまり何かい?
旦那のいないのをいい事にして、
皆んなでもってその留守に飲んだり食ったりしようってのかい。
だいいちそんな事をしてお前、入費がかかる・・・」
「ええぇそれぁそうなんですが・・・
いけなければいけないで・・・
イエイエ、アタシが考えますにその・・・
番頭さんは話の分かる方でございますから、
そりゃ確かに、おあしは掛かります・・・おあしは掛かりますけども・・・
エェ一つ・・・お店の帳面づらの方を・・・
ちょっとこの・・・どがちゃがどがちゃが・・・」
「聞き捨てならない事を言うね。
アタシが帳面づらをどがちゃがどがちゃが!?
アタシがそういうことをさせるような番頭に見えるのか!?
見えるんだな!?

じゃ、やりましょう」

こちらは「味噌蔵」の一幕。

「アタシがそういうことを・・・」のあたりは、声を裏返してグチャグチャにオーバーに演っておいて、「じゃ、やりましょう」はサラリと言っちゃうところが小三治師匠ならでは。

グチャグチャ感がスゴい

ハシゴ外しと並ぶ、小三治師匠のもうひとつのワザが、「グチャグチャ」です。

これは何かというと、これから盛り上がっていくぞという箇所や、決め台詞を言う箇所で、軽く裏声でグチャグチャ・・・ヘナヘナ・・・というトーンで台詞をやるという。

アァ耶蘇教だァキリスト教だァ凝っちまいやがって。
ほんーーーとにお前は情けないよ。エェ?
その教えがいけないてンじゃ無いよ!?
そういう教えは又そういう方にお任せをしてだナァ、
お前には代々浄土真宗というありがたいお宗旨が伝わっているんだから、
ナゼその阿弥陀様を拝んでくれないか!?
そォれをアタシが言うんだよ!?」
「・・・お父様の、お言葉ではございますが、

・・・私も今までは、まことの神の、
在ることをォ、知らずゥ〜
お父様のごとく、偶像仏を信じていたであります!」

こちらは「宗論」からの抜粋。
血の気の多い大旦那と、おとなしい若旦那の対比が面白い演目です。

父がだんだん興奮して「グチャグチャ」になっていくところから、無表情で冷静な息子への落差が秀逸です。

しかしその息子も、キリスト教のありがたさを語り始めると「グチャグチャ」になっていってしまうという二段構え。
隙がありません。

マクラがスゴい

一部では「マクラの小三治」などという異名も持つ師匠。

小三治師匠のマクラというのは、噺の導入に軽く・・・という位置付けでは無く、一種のエッセイのようなもので、
最近あったこと、凝っているものなんかの話を、思い出すまま気の向くまま、20分でも30分でも喋り続けます。
話の内容は

・日本の食塩はマズイ。ベトナムの塩がいい。
・CDに切り込みを入れると音が良くなる。
・ハチミツは奥が深い。
・卵かけごはんの思い出

なんてもので、本当に日常と直結した話で、共感もできるし「じゃあ私もベトナムの塩を試してみようかな」なんて新たな興味も湧いてきます。

先日、浅草に観に行ったときには
「このごろは馬油に凝ってまして」
なんて話をされてました。

これらマクラに関しては、あんまりCD化などはされていないようですが、講談社文庫から『ま・く・ら』『もひとつま・く・ら』というタイトルで活字になってます。

柳家小三治の、おすすめ演目

味噌蔵

ドケチな味噌屋の旦那に息子ができた!
出産費用がもったいないから里帰りさせていたところに、ついに生まれたという知らせ。
しょうがないから顔出して、ごちそうだけ持って帰ろうと、特大の重箱を抱えて出て行った旦那。
後に残った店の者たちは、旦那の居ない隙に酒を飲んでおいしいものでも食べようと、番頭さんに相談に行きます。

どうだい? 源どん、源どん、
お前さんなんざ、どんなものが食べたい?」
「・・・あたくしですか?
あたくしはアノ、あんまり食べ物は何なんで、
あっしはどうもこの、飲むってェとあまり食べ物の方はいけないタチなんで、焼き海苔か何かこう・・・パリパリパリと・・・」
「焼き海苔で一杯。お前さん酒呑みだねェ。
ふぅーん、焼き海苔ね。
オイ清どん、清どん、お前さんね、帳面と筆持ってきて、
そこに、焼き海苔とこう、つけて」
「そうですね、あとこう、焼き海苔だけじゃあ何ですから、
あと塩辛か何か・・・」
「塩辛ねぇ・・・やっぱり酒呑みだなァ」
「エェー・・・それと刺身か何か・・・
これであと言うことは無いんですが、
刺身とあと、酢の物か何かあって、
うなぎがあって、
天ぷらがあれば、
あたしは何もいらない」
「いい加減にしなさい。
誰だってそんだけありゃ何もいらないよ」

この宴の支度のシーンは本当に楽しそうで素晴らしいです。

それぞれの食べたいものを聞いて、「お前さん酒呑みだね」「本寸法だね」「お前は子供のくせに乙な食べ物を知ってるね」なんていう番頭さんのコメントも、いちいち気が利いてます。

出来心

何をやってもダメな泥棒見習い。
親方から「空き巣をやってみろ」と言われ、入ってみたのが貧乏長屋。盗むようなものなどありはしない。
そこへ住人の八五郎が帰ってきて、慌てて隠れる泥棒。八五郎は空き巣に入られたと気がつくや、大家さんを呼んで家賃として用意していた金を盗まれた、果ては初めから持っていない羽織や布団まで盗まれたと言い出す。

「アノー、何ですかねぇ? 泥棒なんてのは一体、
どういうものを持ってくんスかねぇ?」
「そんなもの俺に相談したってしょうがないじゃねえか。
お前が盗られた物を正直に片っ端から言えばいいんだよ」
「片っ端からったってねぇ、
とにかくこんなソックリみんな盗られちゃって
今までどこに何があったかも全然覚えてないんですねぇ。
アノー、あれです、どんな物を持って行きますかねェ?」
「マアやっぱり金目のものだろうなァ。
何かコウ、重々しいようなもの」
「アァそうですか。
重々しい、
金目のもの。
じゃあ、金の茶釜か何か」
「金の茶釜なんかお前の家にあるのか?」
「イヤ、そりゃあ無いから盗られない」
「盗られない物はどうでもいい」

こんなところから「裏は花色木綿」のテンドンにつながっていく演目ですが、小三治師匠のヌボーッとした語り口が、妙にマッチしてます。

小言念仏

信心深い人は朝起きると、お仏壇の前で念仏を唱えたりなんかします。
始めた時は信心だったのでしょうが、心からの信心なんてのは長続きしないもので、たいがいは習慣だけが残ってしまう。
なかには小言を言いながら念仏を唱えてるなんて人も。

ナームアーミ・・・
何だようるさいねぇ。
おつけの実に何入れましょう?
張り倒すよ今頃になっておつけの実なんぞ言ってやがって。
ゆんべ寝る前に考えとくンだよそういう事ァ。
人がお念仏あげてるそばでギャアギャアギャアギャア・・・
・・・ゆっくりお念仏あげてらンないよォ?

アー、良い良い、おもてドジョウ屋が通るから呼べ、それ入れっから。
・・・ムアーミダブナムアーミ・・・
ドジョウ屋入れんじゃないのドジョウ入れんの。バカだねお前。
・・・ナームアーミダーブナムアーミ・・・
早く呼ばないとドジョウ屋向こう行っちゃうぞ。
・・・ムアーミダーブ・・・
もっと大きな声で呼ばなきゃドジョウ屋聞こえねぇだろ。
・・・アーミダーブナームア
早く呼ばないと、ドジョウ屋が・・・
・・・ドジョウ屋アァーーー!

同じような話で、何妙法蓮華経でやる「小言題目」というのもあります。

しかし小三治師匠の場合はのっぺりとした「ナムアミダブ」の方が合いますね。妙なグルーブ感さえ感じます。

まとめ

十代目柳家小三治師匠の魅力は

・ハシゴ外し
・グチャグチャ
・マクラ

まずは
・味噌蔵
・出来心
・小言念仏
から、どうぞ。



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