鬱でもないし転職先も未定だったけど、会社を辞めた理由

2015年の末に、大学卒業後、5年弱勤めた会社を辞めました。

鬱になるほどまいっていた訳じゃない。収入に不満があったわけでもない。転職する先が決まっていたわけでもない。

なんで辞めるの? なんで辞めたの?と、不思議そうに聞かれます。
どうにも一言では言えないし、口頭で説明しても理解してもらえるとは思わなかったから「イヤになっちゃったんで!」と、人には説明してきたけれど、ブログを始めたのはいい機会なんで、整理して書いてみます。

こんな人もいるんだ、と思って、眺めてください。

業務内容が自分の正義と正反対

忙しい人の、足を引っ張る仕事

私が入社したのは中堅の自動車部品メーカー。
1年弱の研修と現場応援ののち、営業に配属されて約2年、それから経営企画室に異動になって約2年勤めて、辞めました。

営業時代は私自身も業務量が多くてヘトヘトでしたが、お客さんのタイトな納期に振り回されて、馬車馬のように働く工場部門の人たちの姿も、間近で見ていました。「こんな仕事取ってきて申し訳ねえ」と、常に思ってました。

経営企画に移ってからは、収支計画の進捗管理が私の主な仕事になりました。月々の収支実績の数字を見ながら、計画との差異がなぜ発生しているのか調査し、役員会議にあげる資料にまとめるというものです。

「調査する」と言っても、つまりは関連部署に電話を掛けて聞くんです。「この費用って何ですか? なんで発生したんですか?」「どうして当初の計画と違うんですか?」「今後はどうなっていく見込みなんですか?」「なんでこんな伝票の切り方したんですか?」

ただでさえ仕事が終わらなくてサービス残業してるような人たちに、こんな電話を掛けてさらに時間を奪う。私は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

普通、仕事をやりとげたら感謝されるんじゃないの? なんで私の仕事は、申し訳ない思いをしてばっかりなの? って思ってました。

結局やらなくてもいい気がする仕事

そうやって私がまとめ上げる資料がA4で10枚程度だったかな?
他にも各部門から、営業計画の進捗、材料メーカーとの交渉状況、各工場別の要員計画、関連会社の経営状況などの資料が提出されて、1回の役員会議の資料は100枚、200枚という単位になります。

対して役員会議の時間は半日ほど。

どう考えても細かいところまで目を通せるはずがありません。
しょせんは会議という体裁を整えるための仕事なんじゃないの? そんな仕事のために、前線で戦っている人たちの邪魔をするのが嫌でしょうがありませんでした。

私がやってる仕事なんか無くしちゃった方が、トータルではうまく回るんじゃないか? と思ってました。

上司との相性

まあコレで会社を辞める人は、多いですよね。

細かい人

当時の直属の上司は、すごく悪い人って訳ではないんだけど、私との相性は最悪でした。
彼は非常に真面目で、そして細かい人でした。

私に言わせれば、「そんな細かいことはどっちでもいいじゃないか」ってとこまで、気合を入れて追求したがる人でした。
必然的に私も、重箱の隅をつつくような仕事にばかり、時間を掛けることになりました。

そういう仕事って、時間を掛けた割に実りは少ないものです。そもそもが「小さなこと」なんだから。

いつでも真面目な人

またそんな仕事を指示されるときの調子が、とにかく真面目一辺倒、これをやることが正しいと信じて疑わない感じなのがまた重い。
ヘラヘラ茶化したり、反論することもできない空気。

どうでもいいことを適当にやるのは望むところですが、
どうでもいいことを真剣にやるほど馬鹿らしいことはありません。

結局誰が幸せになるのか? という疑問

決算が良くても、別に社員は幸せじゃない

そもそも、なぜ月々の収支は計画通りにいかなくてはならないのか?
それは、株主に約束をしているからです。

毎期の決算説明会では、その期の実績に加え、翌期以降の事業計画についても説明します。
株主さんからしたら、「今後、わが社の株価は上がるんですよ」という見通しがなければ、株を持ち続ける意味がありませんからね。

だから、今後◯年間で売り上げは◯%アップ、利益は◯%アップ、という目標を立て、それをベースに事業計画を立て、株主に約束するのです。
その◯%に何の根拠があるのかは知りませんけど。

で、各年度の収支計画を立てる際には、まず成り行きでいったらこうなる、という数字を作り、これでは◯%アップの目標に届かないから、各部門でそれぞれこれだけの利益を積み増すべし、という目標を割り当て、各部門が、アテがあろうがなかろうが、それを実現できる計画を作り上げるわけです。
その◯%に何の根拠があるのかは知りませんけど。

で、月々の実績で計画未達がある場合には、日常業務でヒイヒイ言っている中、挽回計画を立て直して、◯%アップの目標を死守するわけです。
その◯%に何の根拠があるのかは知りませんけど。

つまり我々は、なんだかよく分からないもののために、死ぬ気で頑張っているのです。
経営企画室でそれが見えちゃって、バカバカしくなりました。

BtoBの営業は、「心からの望み」を叶えられない

また営業は営業で、お客さんの提示する納期やコストに応えられれば「ありがとうございます! 助かったよ」とは言ってもらえるけど、それだって目の前にいる人が心から望んでいることじゃないですよね。

お客さんはお客さんで、社内で課されている目標コストや、プロジェクトの進捗計画があって、それを守らなきゃならないという役割でやっているだけ。
それが実現できたからって生身の人間が喜んでくれるわけじゃない。

B to B って、どこまでいってもそういうとこありますね。
だったらメシ屋の親父にでもなって、お客さんにおいしいものを食べさせてあげた方が、よっぽど世の中に「喜び」が生まれますよ。

まとめ:我慢できないのではなく、我慢する価値が無い

誰も幸せにしない仕事なのに、我慢して続ける意味はあるのか?

こんなくだらないことに人生を捧げてしまっていいのか?

この仕事にこだわらなくても、食っていくだけなら他の仕事でもいいよね?

そんなことを考えていくうち、定年まで今の会社に勤め続ける、という選択は、もはや想像できないものになっていました。

じゃあ、どうせ辞めるなら、第二の人生のスタートは早いに越したことはありません。

ちょうど
・自分で飲食店を経営したい
・畑で野菜を作り、それをベースにした生業を営みたい
・東京を離れたい
というような夢というか、漠然とした希望があったので、とりあえず徐々にそっちに近づく生き方をしていこう、という、本当に方向だけの「方向性」は持っていました。

現在は飲食店でのアルバイトでつなぎ兼修行をしていますが、会社という大きな枠に縛られなくなったおかげで、物理的にも精神的にも軽やかな気持ちで過ごしています。
興味を持ったことにもすぐチャレンジできます。

という訳で、サラリーマンを辞めた人の一例のお話でした。

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