年収1,000万より年収300万のほうが幸せなのは当然

こんにちは。なまけものです。

私は2016年に、年収約450万円のメーカー正社員を辞めて、年収100〜200万円程度のアルバイト生活を始めました。
さらに2018年、アルバイトも辞め、ブロガー兼コーヒー屋として、ニートに近い自営業で生活しています。

結果、収入は半分以下に減りましたが、日々実感する幸福度は格段に上がりました。
自分らしく、自由に生きている実感があります。

嫌いな仕事を辞めたのですからそれも当然かもしれません。
しかし、どうも問題はそこだけじゃない。

そもそも物理的に収入が少ない事によるメリットや、正社員という仕組みが根本的に破綻している社会状況等もあるような気がしています。

本記事では、そのあたりについて、思う事を書いていきたいと思います。

時間が有限なこと、忘れてませんか?

そもそも、我々の常識として、お金をいっぱい稼いでいっぱい使うのが豊かな生活、とされています。

もちろん、収入・支出の多さと「幸せ」は、ある程度比例する部分もあります。

しかし、忘れちゃいけない、ある「条件」があります。その条件とは「時間」です。
お金を稼ぐにも、使うにも「時間」がかかります。

金を稼ぐには、「時間」がかかる

おおざっぱに言って、長く働けば働くほど、収入は増えます。
あるいは死ぬほど勉強して医学部に行ったり司法試験を受けるなど、その職に就くために多くの時間を支払った職業ほど、高収入です。(不労所得があるとか、生産性の高い低いは、話がややこしくなるのでいまは考慮しないとして)

金を使うにも、「時間」がかかる

また、ここが忘れがちだと思うのですが、金を使うにも「時間」が必要です。

本を買ってきたら読まなきゃならない。
映画を見るなら2時間か3時間、座ってなきゃいけない。
旅行に行くなら、車の中や観光スポット、旅館でそれなりの時間を過ごすことになる。

金を使うための時間、足りてますか?

え、買ったけど読んでない本がある?
新聞取ってるけど、目を通す時間がない?
スポーツジムの会費を払ってるけど、ほとんど通ってない?

そこですよ。問題にしたいのは。

まずは上の図を見てください。
便宜的に1,000万とか300万とかの数字を使っていますが、具体的な根拠があるわけじゃありません。「高収入」「低収入」のシンボルくらいに考えてください。

金持ちも貧乏人も、持っている時間の量は同じです。1日24時間。
で、問題なのは、そのお金、時間内に使いきれますか? っていうところ。

図で言うと、年収1,000万円の人は、お金を稼ぐのに時間を掛けすぎて、お金を使う時間が足りてない。赤字です。

正確に言うと、お金を使うことはできるんですが、それが自分を満たしてくれる消費じゃなくなるということ。

高いクルマは買えるけど、週末しか乗る暇がない。
高い家は買えるけど、忙しいから寝に帰るだけ。
子供を私立の学校に入れることはできるけど、接する時間がない。
親が介入しなくても名門校の先生が立派に育ててくれるかもしれませんが、それってもはや自分の子供と言えるの?

というワケで、自分のキャパを超えた高収入が、人を不幸にするのは当然なのです。

時間は余るくらいがちょうどいい

もうちょっと収入を減らしてもいいのでは?

じゃあ年収いくらぐらいがちょうどいいのか? となるとなかなか難しいですが、

私の感覚で言うと、年収450万円のサラリーマン時代でも、一人暮らしには多かったですね。
「もっと給料少なくていいから、仕事も減らして欲しい」と思ってました。

まあ硬直化した正社員システムだと、この「仕事も給料も減らす」という調整さえ困難ですからね。転職するぐらいしか手段がないです。

消費にしっかり時間を掛けよう

それよりも、少ない消費にたっぷり時間を掛けたほうが、結局は自分を満たしてくれると思うんです。

お気に入りの本は2回、3回と繰り返し読む。
包丁は1本しか持っていないけど、こまめに自分で研ぐから何でも切れる。
旅行に行った回数は少ないが、素敵な記憶に浸ったり、家族と思い出話をする時間はたっぷりある。

「昭和の日本人は、みんな貧乏だったが、豊かだった」なんていうのも、このへんがミソなんじゃないですかね。

時間は、余るくらいがちょうどいい

そんなふうに、金を使った分はきちんと味わったうえで、それでも若干、時間が余るくらいが丁度いいかな、と思っています。

空いた時間は、ひたすらのんびり、ぼんやりしてもいい。

退屈だったら、お金のかからない、好きなことをすればいい。
絵や詩や小説を書いてみるとか、
ベランダで野菜を育ててみるとか、
猫と一日中遊んでみるとか、
得意なことをビデオに撮ってYoutubeにあげてみるとか、
ブログを書いてみるとか・・・

万が一それがうまくマネタイズできれば、
「好きなことで稼ぐ」生き方に近づけるわけだし。

国家レベルで、時間が不足している

上で言ったような話は、個人レベルでのみ当てはまる話ではありません。
組織レベル、国家レベルでも同じことが起きています。

モノが際限なく生産されて、消費する余裕がありません。

売れ残りの弁当や客が食べ残した料理はゴミ箱行き。
服や靴は、1年でダメになるモノでもないのに、毎年ラインナップが入れ替わる。
空き家が増えて、人口も減るというのに、どんどん建てられるタワーマンション。

経済は、人類が持っているキャパを超えて拡大しちゃってます。
今の経済規模はもはやデカすぎる。無理のあるサイズです。

その無理のあるサイズの経済をさらに成長させるべく、無理をしてモノやサービスを生産しようとしているんですから、ブラック企業がはびこるのも当然です。

もはや経済成長で人類が幸せになるなんてのはウソです。残念無念。

まとめ

今以上に収入が増えること、経済が成長することは、私たちを幸せにはしないと思います。

ノーモア経済成長。ウェルカム低収入。

関連記事ユニット



広告