古今亭志ん朝の魅力とおすすめ演目

言わずと知れた落語界のサラブレッド、五代目古今亭志ん生を父に持ち、十代目金原亭馬生が兄という、名門中の名門の出身であり、自身、落語史に燦然と輝く名を残した、三代目古今亭志ん朝。

その魅力と、おすすめの演目をご紹介します。

古今亭志ん朝の、スゴいところ

正統派なところがスゴい

新作はやらず、古典落語専門。
それも、奇をてらったり、新しい解釈を持ち出したりする事もありません。自分の持ち味をことさらにアピールする事もありません。
圧倒的な技量で、ただ演じるのみ。王道中の王道。それが志ん朝師匠の落語です。

立川談志なんかは「志ん朝は、あんな事やってて面白いのかね?」なんて、たまに言ってます。それくらい、基本と伝統に忠実な噺家です。

確かに志ん朝師匠は、伝統をまるごと背負った正統派で、変に崩したり、初心者向けにアレンジしたりしません。しかし、それでいて圧倒的に聞きやすい。そこがスゴいのです。

「落語に興味があるんだけど、誰を聞いたらいい?」と訊かれたら、私は迷わず志ん朝師匠をお勧めします。

安定して笑えて、面白いし、噺家自身のキャラではなくて、落語が本来的に持っている魅力をはっきりと、誰にでも分かる形で感じさせてくれるからです。

そういう意味では初心者向けというか、初心者でもきっちりと楽しめて、かつ、
落語をもっと知りたいと思わせてくれる噺家です。
(具体的に名前を出しちゃうとアレですけど、はじめに柳家喬太郎師匠なんかを聞いちゃうと、面白いけど、この人だけ聞いてりゃいいやと思っちゃいそうです)

加えて、いろんな噺家さんを知って、改めて志ん朝師匠を聞くと「やっぱりこれだわ」と感じます。

江戸弁がスゴい

粋好みで、短気で、単純で、情に厚い割にあっさりしている、そんな江戸っ子気質がこれでもかと言うくらいに薫り立つ、それが志ん朝師匠の語り口です。

またまた引き合いに出します家元・立川談志の言葉で「江戸の風が吹くものを落語という」というのがあります。

私の感覚では、「江戸の風」を最も感じさせる噺家が、志ん朝師匠です。それも、桁違いの風速です。(談志師匠の見解とは違うかもしれませんが。)

他には三遊亭圓生師匠なんかにも「江戸の風」を強く感じますが、圓生師匠のは隅田川沿いの匂い立つような湿った風ですね。
志ん朝師匠が感じさせるのは、江戸の街中を吹き抜ける、威勢のいい、乾いた風です。

だいたい江戸っ子てぇのはね、自分の事はどうでもいいんですね。
傍目を気にしたんですね。えぇ。
だから、ざるそばでももり蕎麦でも、食べ物が来るってぇと、
あんまりツユをつけないで、ターッと、
昔のことですってえと、ちょいと量が少なかったらしいですな。えぇ。
ですから三口半くらいでもってターッと食べて
「おうッ、ごっそさん」
ってンで勘定バチっと置いてツッと出て行く。
もうそうなるってぇと周りの人から
「粋な人だねあの人ぁ、えェ?
どこの人だろアレぁ。
いいなァ!」
なんてンで尊敬されたりなんかする・・・

これは「時そば」のマクラです。
この「いいなァ!」が、あっさりしながらも心の底から出ているようで好きなんですが、だいたいが、そばの食い方くらいで人を尊敬までしちゃうってのも、気前がいいというか、言ってしまえば大げさな話です。

そんな江戸っ子の気質を、真に迫って感じさせてくれるのが志ん朝師匠の語り口です。

スピード感がスゴい

世の中キャッチーなものというのは、えてしてスピーディなものです。

一気に読める小説や、速いテンポでノリの良い音楽にも似て、志ん朝師匠の落語も、要所要所で畳み掛けるジェットコースターのようなスピード感が持ち味です。

単純にテンポが良くて飽きないというのも強みだし、早口でまくし立てるような台詞なんかを、持ち前の江戸の香りのする語りでポンポンとやると、これはもう「名調子」ってやつで、聞いていてほんとーに気持ちがいいです。

「ここでもってひとつ・・・
えェ今までのお勘定・・・」
「ダッ! チョーイチョーイチョーイチョーイ・・・
君どうしてそのお勘定ってコトを言うんだろうなぁ。
いけませんよお勘定なんてコトを言っちゃ。
他に言葉知らないの? えェ?
やだな本当ーぅにぃ。
いいじゃないかそんな、ヤ大丈夫だ心配するこたぁ無いンだよ。えェ?
そりゃぁね、本当のこと言うってえとアタシもね、勘定払って、
ツーッ!と、帰りたいよ? ね?
帰って、てめぇでしたい事をしたい。ね? だけど、
アタシが今スーッと、帰れないという訳があるんだ」

「居残り佐平次」から抜粋。
勘定の催促をかわすべくまくし立てる佐平次と、けむに巻かれて何も言い返せない若い衆。

説得力抜群です。

おすすめ演目

大工調べ

馬鹿ですが腕はいい大工の与太郎。
近頃仕事に出てこないと思ったら、家賃の支払いを滞らせ、抵当として家主さんが道具箱を預かってしまったとのこと。棟梁の政五郎が一緒になって、道具箱を返してくれるよう頼みますが、家主は応じてくれません。
とうとう喧嘩になってしまい、お上に訴えて出ることに。

「手前なんざァな、目も鼻も無ぇ血も涙も無ぇノッペラボウな野郎だから
丸太ん棒ってんでぃ。
分かったかいこの金隠しィ!
「色んなことを言いやがる・・・
何だい金隠したァ?」
「四角くて汚ねえから金隠してンだ!
そのぐらいの事ぁ覚えときやがれ馬ぁ鹿。えェ?
惚介唐十郎珍毛唐芋っ掘り株っかじりめェ
手前ぇっちに頭下げるようなお兄いさんとは
お兄いさんの出来が少しばかり違うんでい。
えェ? 下から出りゃつけ上がりィ?
こっちで言う台詞だそりゃア。
大家さん大家さんとおだてりゃァすっかりその気ンなりゃがって。」

大工調べといえば啖呵、啖呵といえば大工調べですが、いちばんの聞きどころである、棟梁政五郎の啖呵は、やはり志ん朝師匠で聞きたいですね。

威勢のいい江戸弁で、マシンガンのように言葉が飛び出してくる様はまさしく快感、スカッとします。

黄金餅

筋金入りの吝嗇家で、大量の小金を貯めこんだ願人坊主の西念。
病をこじらせ、あの世へ貯金を持って行こうと思ったか、死ぬ直前にあんころ餅に金をくるんで食べてしまいます。
それを見ていた金山寺屋の金兵衛、周囲にバレないように西念の遺体を火葬して、金を取り出そうと奮闘します。

「おォィ、これで弔い済んだよ。
本当だったらこれでもってみんなに茶の一杯も出さなきゃいけねえ所だがな、
寺が貧乏だからそれが出来ねえんだ。すまねえ。
あのな、新橋ぃ行っておくれ。魚河岸が出てっから。そこ行って、
何でもいいよ!
何でも好きなもん飲んで食って、
で、てめえで勘定払って帰ってくれ」

志ん生師匠のおすすめ演目としても挙げましたが、志ん朝師匠の場合は、やはりスピード感ですね。
聞き手が先回り出来ないテンポで進んでいくので、こんなクスグリにまんまと引っかかってしまいます。

堀の内

いわゆる「粗忽もの」
粗忽者の亭主が、どうにかしてそそっかしいのを治したいと、堀の内のお祖師様にお参りに出かけますが、案の定、道中さまざまな失敗を繰り広げます。

「忘れちゃったのかい? 信心だよ」
「信心?
あぁそうか。じゃ行ってくら」
「お待ちよォ!
猿股ひとつで飛び出してどうすんだよ」
「あ裸か。
どうりで体が軽いと思った」
「ほんとうに落ち着きなさいよ。
ちゃんと顔洗ってさ、ご飯を食べて。まだ時間あるんだから」
「本当だな。
おォイ! 水が無えぞ」
「タンス開けたって水があるわけないだろ。
流しに行かなきゃ無いんだよ」
「おぃ、いくらやっても水が溜まんねえぞ」
「そりゃザルじゃないの?」
「ザルじゃしょうが無えやな。
何か水が溜まるもの・・・と、これでいいやな」
「やだよこの人はおはちの蓋で顔洗ってるよ。汚いねえ。
何してンの?
それは布巾じゃないかさァ。
それは雑巾だよォ。
猫つかまえてどうしようてぇの?」
「猫かよ。
何だか知らねえが手ぬぐいが逃げるからおかしいと思った」

噺自体が、とにかく隅から隅まで笑いどころです。これを志ん朝師匠の緩急自在のテンポでやられると、もはや笑い通しで休む暇がありません。

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