中勘助『銀の匙』

虚弱で臆病な主人公の、幼少期を描いた物語。

母の産後の肥立ちの良くないために彼の親代わりをしてくれていたのが
同居していた伯母さん。

この人は、もともと旦那さんがいたのだけれど
夫婦の人の良いのに甘えて方々からお金を借りに来られて、
すぐに同情するもので自分たちを後回しにしても
お金を用立ててあげて、
きびしく催促することもできずにいるうちに旦那さんにも死なれて、
どうにも立ち行かなくなって主人公の家に厄介になっているという、
そういう人。

この伯母さん、良い人には違いないんだが
学がない上に極端に迷信深くて、
現代的な感覚から言ったらちょっとオカシイ感じが無きにしも非ず。

しかしながら、だからこそストッパーが効いてない、
純粋でダイレクトな愛情を発散してしまっていて、
それが読み手にガツンと来る。

たとえば、縁日の見世物で、駝鳥の相撲を見に行った次の場面、

交代の男がかたすみで弁当をつかってたのを相手をなくしてぶらぶらしていたもう一羽の駝鳥がこっそり寄っていっていきなり弁当をのもうとしたもので男はあわてて飛びのいた。その様子がおかしかったので見物人はどっと笑った。伯母さんは
「駝鳥がひもじがっとるにごぜんももらえんで気の毒な」
といって涙をこぼした。

てなもんです。

これほどに情け深いおばさんが、
体の弱い主人公をやりすぎなくらいに溺愛し、終始おぶって歩くわけです。

せつない思いやりがしんしんと心に沁みますよ。

また、そんな伯母さんの愛情を一身に受ける主人公が
見ている世界を描く言葉の紡ぎ方が、なんとも驚愕に値するもので。

「大人が、幼少期を振り返って語っている言葉」では、明らかにない。
確かに語彙は大人のものなんだが、どうみても
「子供が現在感じている心の動き、思考の流れ」が描写ができてしまっている。

伯母さんはまた草子でたんねんにはった皮籠からいろいろなおもちゃをだして遊ばせてくれる。たくさんのおもちゃのなかでいちばんだいじだったのは表の溝から拾いあげた黒ぬりの土製の子犬で、その顔がなんとなく私にやさしいもののように思われた。伯母さんはそれをお犬様だといって、あき箱やなにかでこしらえたお宮のなかにすえて拝んでみせたりした。それからあのぶきっちょな丑紅の牛も大切であった。これらは世界にたった二人の仲よしのお友だちである。

そしてこの子が長ずると、いよいよこんな描写をするようになる。

そこには手づくりの豆腐がふるえてまっ白なはだに模様の藍がしみそうにみえる。姉様は柚子をおろしてくださる。浅い緑色の粉をほろほろとふりかけてとろけそうなのを と とつゆにひたすと、濃い海老色がさっとかかる。それをそうっと舌にのせる。しずかな柚子の馨、きつい醤油の味、つめたくすべっこいはだざわりがする。

湯豆腐の話です。

こんな小説、他に読んだことありません。まさに唯一無二。

次に読むべきは・・・

『銀の匙』の、繊細で壊れそうな優美さは、用法・用量を守らないと危険です。

リハビリも兼ねて、芯の太いおてんば娘が行く
幸田文『みそっかす』を。

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